913 だから私はそれをするのさ
6時。
あの子が電車に乗るころ。
「おはよう」
「くれぐれも気を付けてきてね」
メッセージアプリの数少ない利点は、リアルタイム性にあると思っている。
返事は意外にもすぐに返ってきた。
「ごめん!電車逃した!」
文面から感じ取れる焦りと申しわかないという感情に、私は小さく口角を上げた。
そう。
私、そんなあなたがすき。
到着予定時間がずれる。
もしやと思い、彼女が乗ったであろう電車を検索で探して確認を取る。
「乗った電車ってこれ?」
「そう!」
これなら、駅まで迎えに行けそう。
スピードを上げて身支度をする。あなたと一緒にいた頃と相変わらず、未だにメイクってよくわからないんだよね。
心の中で話しかける。
いつもはつけないラメのアイシャドウで目を彩り、唇にはあの子とお揃いにしたリップを塗った。
「駅まで迎えに行くね」
そうメッセージを入れたのは、駅に向かうバスに乗ってからのことだった。
一瞬でも早くあなたに会いたくて。
臭すぎる言葉は胸にしまっておくが大吉。
あの子が降りてくる改札口で待った。
さすがの都会と言ったところで、様々な装いの人たちが改札から流れ出てくる。
ワイシャツ姿の会社員の横を真っ赤に髪を染めたゴスロリの少女が掠めていく。
カップルの貝殻つなぎを横目に肩を寄せ合って歩いていく老夫婦。
都会というのは衝突と断絶の場。
人の波の中にひときわ大きく揺れて迫ってくる人を見た。
似合う青のワンピースにかわいく結った髪。私を見るその目。
実に半年ぶりではあるけれど、一目でわかった。わからないはずがない。
衝突と断絶の場で、あなたと違わず出会えるということ。
私は何よりそれが嬉しい。
「よう来てくれたね」
手を握って歩き出すと、しっかり握り返してくれて。
そんなあなただからすき。
いつも一人で乗る地下鉄に二人で乗る。
いつも一人で歩く道を二人で歩く。
いつもは不要の「ただいま」に意味が生まれる。
一人が二人に。
わたしとあなた。
たったそれだけの違いなのに、どうしてここまで楽しいんだろう。
私たちは、この半年の距離の断絶を埋めるように話し続けた。
埋まらない。
埋まらない。
だって話は話でしかない。
言葉が感覚を追い越すことなんてないから。
埋まらないから、埋めたいから、あるいはそんなことお構いなしに、お話をして。
2人でカレーを作って食べたの。
カレーと無印のナンミックスでナンを作ってね。
カレーの作り方だけでも違いはいくらでもあった。
(てかスーパーで買い物するだけでも楽しいのほんとバグ)
本当に違いって面白い。
びっくりするし、感心するし、なるほどなって思う。
美味しかった。カレーもナンも。
一緒に作って、同じものを食べて、お腹いっぱいになれるって、この上ない幸せだって思う。
真っ暗なテレビにぼんやりと映る私たちの影。
きっと、私の幸せって、そういうこと。
ガトーショコラも食べたんだよね。
濃厚なチョコの味。食後にはちょうどいい。
日が暮れて暗くなっていく窓の外を本気で憎んだのでした。
どうして終わってしまうのかなあ。
まだ、会ってから体感1時間だよ。
見送りに朝行った駅まで行く。
食べたガトーショコラのゴミは机の上に置きっぱなし。
帰ってきたときには、一人。
ああ無常。
またね。
今度こそはお泊りで。
次は私が行くからね。
来てくれてありがとう。
今日の、消えていくしかない沢山の私たち。
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