【ふたかお】言の葉の紙

ふたばへ

うちはおかしなんかでつられるかるい女やありまへん。
やけどこんかいはかんにんしたろおもいます。
ふたばはんをゆるしたんやのおて、おかしがおいしかったからどす。

香子


筆跡からは筆ペンの使い慣れていない様子が見て取れる。へにゃへにゃとしてところどころ読みにくくなってしまっているのに、それでも筆ペンを使いたがったのは、この頃から千華流の跡取りであることを意識していたからだろうか。香子らしいといえばらしいな、と口元が緩む。
8歳のころ。些細なことで喧嘩した時にくれた、初めての手紙。今ではもう何に揉めて喧嘩をしたのかも覚えていない。けれど手元に残るこの手紙が喧嘩をした事実を物語っている。
思えば、あたしらは幾度となく喧嘩してきたけれど、仲直りらしい仲直りをしたことが無いかもしれない。
いつの間にかうやむやになって元通り。それがあたしたち。それがあたしと香子。
ぼんやりと壁に掛かったカレンダーに目を移す。3月の2日に赤ペンでぐるっと囲みが書かれている。そして、その下には「卒業式」の文字。
もうすぐ、卒業。
あたしは無事に新国立に受かったし、香子も京都に戻る手筈は整っている。4月になればそれぞれの場所で、それぞれの舞台に立つことになる。
「幼馴染の御用とお世話に歌い踊って十と八年……」
香子がいない生活。お菓子買って、足揉んで、バイクで学校まで送る相手がいない生活。
もちろん、新国立がどんなところだとか、そういうことは分かってる。一緒に受かった天堂やまひるの存在は凄くありがたい。
けど、さ。想像つかないな。案外呆気ないもんだってことは分かるけど。
手元のシャーペンは、もう数十分動かせていない。ぞろぞろ書き出さないと香子が部屋に帰ってきてしまうのに、なかなか言葉が出てこない。
香子に手紙を。卒業式の日に手紙を渡したい。幼い頃に香子がくれた手紙みたいに、今のあたしたちを手紙に閉じ込めておきたい。
今まであたしがしてきた香子への色々。あたしが香子に通したわがまま。あたしが目を焼かれ続ける香子のキラメキ。きっといつか、忘れてしまう。
だから。
「あら、ずいぶんお悩みじゃないの」
「ひっ……!い、いきなり話しかけてくんなよクロ子!てか部屋入る前に声掛けろってあんなに……」
「ごめんごめん」
風呂上がりでラフな格好をしたクロ子は、グイッと身を乗り出して手紙を覗き見た。
「全然書けてないわね」
「絶賛難航中だよ」
「描きたいことがありすぎて書けない、ってカンジ?」
「いや、ん…………なんで書けないんだろうな。わかんないんだ」
「ふーん」
クロ子はあたしのベッドに腰掛けた。洗いたてのふんわりとした髪から、クロ子御用達のシャンプーが香る。
「ま、そんに固くならなくても良いんじゃない?一生の別れじゃないんだし」
「だけど!その……」
「今1番、香子に知って欲しいことを書けばいいんじゃない?なんでもいいわ、将来の決意でもごめんなさいでもありがとうでもなんでもね。手紙なんてそうそう書く機会なんてないんだから」
今1番、知って欲しいこと……。
「クロ子は天堂に書けたのか?手紙」
「もちろん」
クロ子のまつ毛の先には、いつだって確かな自信がある。スっと見据える先は揺らぎがなくて真っ直ぐ。其れは今だって例外じゃなかった。
きっとクロ子も相当悩んで、天堂に手紙を書いたんだ。今クロ子が見てるのは、手紙の先の未来。眩しいからこそ見えない、あたしたちの次の駅。
シャーペンをグッと握る。便箋に目を落とせば、利口に並んだ線たちがペンを走らせる道標になってくれる。


香子へ

あたしはずっと、香子のこと───────────。

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