82 八月の魔法
気が付けば、8月。夏休みの月。友達不在の月。
この間書いた『水面』って作品、実は私の小学生の頃の記憶を基に書いたの。夏休みになれば毎日通った学校にプールの記憶。監視当番の誰のかも知らないお母さんたち。かび臭い更衣室、焼石のようなプールサイドと遠くに見える蜃気楼。聞き飽きた準備運動のラジオ体操の音源は、日が経つにつれて冷たいプールへの高揚を誘うものになっていった。
私は特に家にいても暇だったから、毎日のように通っていた。確かに屋外のプールだから暑いことに変わりはないのだけれど、プールに入ってしまえば暑さなんて気にもならないんだ。名前と学年と住所電話番号を書いた木の板がパスポート。それを係りの人に渡さないと入れないことになってるから、ちゃんと入ってるかよく確認してから家を出てたっけ。
夏休みのプール開放はPTAの保護者の人たちが自主的にやってくれていたものだったから、来たい人がくればいいってスタンス。私みたいに毎日のように通う人もいれば、夏休み中一回も来ない人も売る。今みたいにLINEが普及しているわけじゃないから、好きなあの子がいつ来てくれるかもわからない。
初めのうちは私も待ってたんだと思う。あの子来ないかなあ、って。あの子が来たら、新しく発見したビート版の使い方教えてあげよう、って。
だけど、いつからか待ちくたびれて開き直った。一人でだって、プールは楽しい。周りがどれだけ友達と遊んで楽しそうでも構わなかった。だって、私は「見つけた」から。
水中で半回転して水の中から見上げる水面。揺らめく陽の光。騒ぐ子供の笑い声も水中にはあまり届いてこない。私だけしか知らない、ほかの子には教えてあげない、とっておきの景色、感覚。ここは私の世界だ。
本気でこう思っていた。いや、たぶん、「こんなことを思っている自分」を演じてたんだと思う。私、小さいころからごっこ遊びが好きだったから。
でも本当にその景色のことは誰にも話さなかった。話さないまま卒業した。
この頃思うのは、あの頃の感性を失っていく自分が怖いということ。何も知らなかった、知らなくてよかった、小さな世界で生きていたころ。あのころの気持ちを留めていられたらどれほどいいものか。
この文面は、あなたが死なないようにするための備忘録。
10歳のあなたが羨ましいよ。何よりも尊いものを失っていく感覚がついて回る19歳夏の私より。
今のセルフネイル。いい感じにできたので載せておきます。
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